2011年03月26日

今の

写真あれこれ。
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posted by dropkick at 13:30| Comment(5) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中華人民共和国

けなすつもりもなんも無く、見たまま、感じたまま。




我が職場が日本各地の救援隊のキャンプ地になっていて、山形や、遠くは高知県からなども救援隊として助けてもらっている。本当にありがたい。そして中華人民共和国の救援隊も職場の敷地内にキャンプを張っていた。

中国の救援隊はどの隊よりも遅く行動を始め、遅く出動し、もっとも早く帰ってくる。いや、まともに出動しているのを見たのは、俺に限っては1回だ。噂では、他の隊が捜索し終えた場所に行きちょいちょい見て回って、なんか拾って帰ってくるらしい。どうやら、警察の監視対象になっていたそうな。
20日に帰っていったが、その際校庭には大量のタバコの吸殻とゴミを残し、校舎の便所は案の定詰まらせていた。
正直、何しに来たかわからない。おそらく、国際的なパフォーマンスだったのではなかろうか。
中国でどのような報道をされていたのだろうか。誰か情報持ってないかなあ。


posted by Gokijet at 10:57| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

現状

「家と一緒にじいちゃんばあちゃん流されて。つーか俺もちょっと流されたけど泳いで逃げたっすよ。」とケタケタ笑って話す生徒。妻と連絡がつかなくなり、自宅に戻ったその場で、妻を遺体で見つけた職員。一流企業への就職が決まっていながら亡くなってしまった教え子。それを知ったその彼女。
どれもこれもヘビーだ。自分は地元住民ではないし、こうやって帰ってくる家がある。彼らの気持ちを理解しようったって無理。かわいそうだねえ、なんて気持ちで居るのはそれこそ失礼だ。

 だから今の立場、今の仕事をしている自分に何ができるだろうと考えた。

多分ただひとつ。災害前と同じく彼らと過ごし、それこそ普通に授業をし、普段どおり楽しくやる。
 いつもどおり。普段と同じ。そういう時間。

各地で犯罪が多発している。大船渡も例外ではない。
こんなときこそ、いつもと同じく、綺麗に真っ直ぐ生きていたい。
posted by Gokijet at 10:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

3月11日より

昨日まで、なんと日記をつけていたので公開してもよい情報を抜粋しまとめておきます。

二年以上も更新していないこのBLOG。いいのかこんなんで、とは思いますが、まあいいや。
読んでやってください。
大船渡市在住のオッサンのここ最近です。




11日 地震、津波。もうわけがわからず現実感なし。発電機を回し、とりあえずTVをつける。おそらく、岩手では相当早く外部の情報と津波の映像を見ていたでしょう。職員の中には、自宅付近が流されている映像を見て絶句している人もいた。とりあえず、帰れない少年たちのために食い物を調達する。地元のスーパーは全品100円で投売り状態。すげえ。本当に助かる。眠れる気がしないが、無理やりにでも寝ねばと、寝る。5時就寝。

12日 自分の相方、実家が心配すぎる。まず、とりあえず盛岡に帰ろう。少年たちも迎えの親が来たりで徐々に帰りだしている。友人宅に世話になる者も居るようだ。盛岡までの道の状態が分からず不安だったが、花巻までは問題ないとの情報を得たため、そっち経由で。花巻に入ると携帯の電波が入る。まず、無事を確認。よかった。

13日 県庁に行き緊急車両の証明書を取得。これで交通規制も突破して大船渡に戻れる。物資の協力を呼びかけると、多くの方から協力したいとの声が。ありがたい。

14日 物資を受け取り大船渡へ。荷物を降ろしたあとはスーパーに行って安否情報を得るためダンボールの切れっぱしにメッセージ書いて立つ。知り合いの方にも会えたし、子供らにも何人か会えた。まだ連絡がつかない生徒が多数。何とか生きていてほしい。

15日 同僚とチャリで津波の被害を受けた地区へ。避難所を回れるだけ回って情報を集める。電話もネットも、それこそ郵便物も機能しない。足だけが頼り。津波でやられた地区に実際に入るのはこれが始めてだったが、何がなんだか、本当にわからない。というか表現する言葉を知らない。何なんだアレは。元は家があったであろう場所に15時04分で止まってしまった時計が落ちている。同僚と二人で呆然とする。
 結構生存を確認できた。何よりだ。明日も足を使おう。
 今日から職場で合宿生活。でも今まで出ていた職場の水道、自宅の水道が終わる。やべえ。

16日 朝からチャリ部隊出動。昨日とは異なる地区の避難所捜索。この日からauの移動基地局が大船渡に到着し、連絡を取りやすくなる。少年たちはプロフサイトで友人と連絡を取り始めており、一人に聞けば何人かの情報が得られた。早く全員の生存を確認したい。どうやら、docomoもつながる場所があるらしい。Softbankは噂すら聞かぬ。孫正義がんばれ。

17日 今日も安否確認。Softbankの回線がつながるとのネタを得たのでその場所まで残り少ないガソリン使っていってみるもガセネタ。結局docomoユーザーだけが連絡取れる。孫正義に強烈な不信感。

18日 色々片付けたり、また足使ったり。なぜか職場でWI-FIを捕まえ、パスワードなしで入れた。でも回線は安定せず、情報を引き出すところまではいけず。夕方、もう限界だとsoftbankユーザーで乗り合いで電波通じる場所まで行く(約50Km先)。通信網はライフラインだ。連絡が取れるってのは偉大だなあ。
 我がクラス、全員生存確認。飲もう。今日は飲もう。

19日 業務のほうも割と落ち着いた。実はとある理由で引っ越す予定だったためついに自宅の片付けに着手。クソ散らかってるし、割れたグラスの散乱。アメリカンスタイルで土足。掃除に重要なのは水だが、それが出ない。そして家でウンコができない。歩いて10分の友人宅は水が出るから、そこが頼り。なんとウンコ四回。水は出ないが出るもんはでる。
 昨日捕まえたネットワークは、どうやら中国の救助隊のものらしい。何やってんだ?
 なんにせよ、softbankはクソ過ぎる。 連絡を取るため、災害電話(衛星回線)がある施設まで毎日歩くことにする。片道3キロくらいか。往復すれば大体一時間。まあ楽勝でしょ。
 NTTの職員さんにネットワークの復旧にどれくらいの時間が掛かりそうか聴いたら、「数ヶ月」だそうな。テレビも無く大体のことをネットから情報得てた人間には辛い。

20日 今日は朝から自宅の片付け。心が折れそうなほどに荷物。一人暮らしの量じゃないな。でも被災した方に比べりゃハナクソみてえなもんだし、泣き言わないでやろう。
 今日は中国からの救援隊が帰った。
 
21日 片付け。終わらず。災害電話まで歩くも、昨日まで24時間OKだったのに20時までに変更になってて歩き損。その理由が、携帯電話の回線の復旧が進んだからだと。Docomoが一番つながる。Softbankは当然のように圏外。孫正義に抱く殺意。

22日 仕事再開。片付けたり書類書いたり。
23日 同上
24日 同上
25日 同上
 16時頃にsoftbank復活!!やったぜ!!!!でも、時間が掛かりすぎているから孫正義を誉めたり、感謝はしない。
 とある理由で引っ越す予定が、とある理由で引っ越さなくなりました。大船渡8年目突入決定。
posted by Gokijet at 10:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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